コロナ禍で見直されたデータの有効性。データ活用の専門家が分析・予測する、これからの時代のデータ×AIのあり方とは

AI

新型コロナウイルス感染症の流行を食い止めるため、各国の政府も国民もさまざまな対策を講じてきました。その判断のもとになったのは、感染者数の動向や感染経路といったデータです。とくに日本においてはプライバシーの問題で進まなかったデータ活用ですが、今改めてその有効性が見直されつつあります。

2020年7月14日、ボストンに本社を構えるDataRobotは、様々な分野のイノベーターやオピニオンリーダーによるAIの実践的なノウハウや先進事例が体験できるプライベートカンファレンス『DataRobot AI Experience Virtual Conference』を開催しました。そこで「With コロナはデータ×AIでどう変わるのか?」をテーマにパネルディスカッションを実施。

パネラーは、株式会社SIGNATE代表取締役社長の齊藤 秀と株式会社Agoopにて取締役兼CTOを務める加藤 有祐氏で、司会進行はDataRobotでチーフデータサイエンティストを務めるシバタ アキラ氏。コロナは社会にどのような影響を与え、データ×AI領域はこれからどうなるのか。3人で語り合いました。

ざっくりまとめ

-コロナをきっかけにデータが表に出ることが多くなり、データを活用して意思決定する人が増えた。
-創薬などの領域をはじめ、AIやデータ活用は世界規模で加速しており、人類は新しい技術をリアルタイムで試しながら構築している。
-データの有効性が見直され、データ活用のハードルが下がってきている。
-今後、データ×AIは災害対策をはじめ、さまざまな場面での意思決定をサポートする役割として重要になる可能性がある。

表に出るデータが多くなり、それを元に意思決定する人が増えた

シバタ:まずはゲストの方々、自己紹介からお願いします。

加藤:株式会社AgoopでCTOを務めております加藤と申します。Agoop社は、同意を得られているスマートフォンのGPSを活用して人の増減や旅行者の動きなどのデータを集め、リアルタイムな人流データを作成しています。位置情報以外の個人情報は収集しない、セキュリティ対策を徹底するなど、安全第一でサービス運営を行っています。
例えば最近は、政府が発表している駅や観光地の人の増減について、その元データの提供を行っています。他にも我々のデータを注目いただく機会は非常に増えていて、テレビを中心に268を超えるメディアで活用されています。人流データはこれまで、なかなか表に出るものではなかっただけに、この数には私も驚いています。

我々が提供する人流データはコロナ禍で大きく2つの価値に貢献していると考えています。まず一つは国や自治体が実施した施策や意思決定の効果を測れるようにしたこと。もう一つは国民が「自粛しているのが自分だけではない」と感じられるようになったことです。実際に数字で「80%以上人が減りました」などと示すことで、共通のゴールに向かってみんなで頑張っているのだという一体感が生まれたのではと思っています。

シバタ:今回のコロナではデータが表に出ることが多くなっているように思います。たくさんの人が毎日のように数字を見ながら社会の動向を推し量っています。データ活用をそれぞれの人がしていたのかなと思います。

人類は新しい技術を、リアルタイムで試しながら生み出している

シバタ:次は齊藤さん、自己紹介をお願いします。

齊藤:株式会社SIGNATE代表取締役社長の齊藤と申します。現在はAIを扱うスタートアップ企業の経営をしていますが、研究者としてライフサイエンス系の研究に携わっていた経験もあり、現在も国立がん研究センターに客員研究員として所属しています。
齊藤:SIGNATEではAIの精度を競い合う、コンペティションプラットフォームを運営しており、民間企業がビッグデータやAIに関する課題を解決するサポートをしています。アメリカでは「Kaggle」というサービスが非常に有名ですが、その日本版のような形です。現在は3万人以上の機械学習の専門家にご登録いただいています。データサイエンティストなどのネットワークを活用し、人材不足に悩む企業の採用や育成の支援も行っています。
齊藤:最近は、コロナに対してITやデータサイエンスの技術を用いて何かできないかと思い「SIGNATE COVID19 challenge」というプロジェクトを始めました。

データの収集・分析を通じて、コロナの実態把握を行なったり、今後の感染者数の推移がどうなるか予測を行うことで、コロナに関する理解を深め、自身の安全に気をつけることにつなげることが目的です。

SIGNATE COVID19 challengeは大きくは3つのフェーズに分かれていて、まず最初にデータを収集するフェーズがあります。実際にやってみて、改めて国内のデータの手に入りづらさを感じました。各自治体によって配信のフォーマットが違い、FAXなどの書類を画像として掲載していたり、pdf等のデータ化しにくい形式のデータも多かったのです。そこでまずは有志で手分けし、人海戦術でデータを片っ端から集めました。
ある程度データがたまってからはフェーズ2の分析に入りました。クラスターの状況、性別や年代によるリスクや症状の違いなど、実感しづらいコロナの特性を分析しました。さらにフェーズ3では、AIを活用して2週間単位で先の感染者数の見通しを予測するチャレンジを実施しています。

現時点では、データの収集により日本最大規模のデータセットの構築ができている状況です。今後はただデータをまとめるだけでなく、分析しやすい形への整理を進めたいと考えています。

これまでの分析結果から、男性の方が、リスクが高かったり、高齢になるほど重症化のリスクが上がることが統計学的に分かってきています。また、クラスター発生の推移や職業による感染リスクの違いなども明らかになってきています。

予測に関してはチャレンジングなテーマではありますが、それなりに精度の高いものが出せることが分かってきています。緊急事態宣言の解除のタイミングもAIによる先読みで的中させることができました。

AIやデータ活用については、世界規模で加速していると思っています。創薬やサイエンスの領域ではスーパーコンピューターを使って異例のスピードで研究が進んでいます。また、感染ルートを割り出すための人々の渡航状況の分析も最新テクノロジーによりスピーディーな分析が行われています。人類はコロナにやられっぱなしではなく、新しい技術をリアルタイムで試しながら構築している状況です。

シバタ:ありがとうございます。私も自己紹介をさせていただきます。実は私も研究者で主に物理分野を専門にしていました。その後ビジネスの世界に飛び込み、コンサルティング職や起業を経験しました。当時はAIが流行しだした時期でしたので、情報収集の分野にAIの技術を活用できないかと考え、アプリの開発も行っていました。現在は、DataRobot社でチーフサイエンティストを務め、機械学習を普及させる活動をしています。

パンデミックを逆手にとり、社会をよくするきっかけに

シバタ:お2人とも今の時代を切り取る、非常にタイムリーな活動に取り組まれています。それぞれの活動の中での学びや気づきを教えてください。

齊藤:データの重要性が、ここにきて認知されるようになってきていると感じています。感染症の対策には治療薬やワクチンも大事ですが、それ以上にコロナについてよく知って、自分の行動を変えることが求められるようになり、データに基づく意思決定の重要性に関して、人々の意識が変わっているからです。

日本は、アメリカや中国に比べてプライバシーを重視し、データ活用に保守的なスタンスをとっています。確かにプライバシーを守ることも重要ですが、有事の際のデータ活用については議論すべきです。三密に気をつけましょうと言われるだけでは、実際のところ何を避けるべきなのかわかりません。データを活用し、俯瞰して何が起きているのかを見ることで具体的な行動が分かります。

これからもパンデミックや天災など、地球や社会全体を巻き込む出来事は起こりえます。人類からすると脅威ですがそれを逆手にとって前向きに捉え、社会をより良くするきっかけにするのが大事だと思います。

シバタ:SIGNATE COVID19 challengeで、フェーズ1としてデータ収集に力を入れていたのも、社会をよくしたいという課題意識からなのでしょうか?

齊藤:そうですね。実は私自身は、このプロジェクトですぐに有効な対策手段が見つかるとは考えていませんでした。プロジェクトを進める過程で課題や気付きがあること、後から振り返ったときに、どうのようなデータ活用が有効であるかの議論につながればと思っていました。

シバタ:なるほど。答えがわからないからこそチャレンジする。とくにデータは見ただけでは、その価値はわかりません。使う用途や、使う人によって、その価値は変わるからです。チャレンジすることへのハードルを下げることはデータから価値を生むために大事だと思います。加藤さんから見て、このポイントに関してはいかがでしょうか?

加藤:大きく2点あります。まず1点目はプライバシーの問題です。コロナ前はデータ活用に対して「プライバシー的には大丈夫?」と否定的な意見が出ることが多かったです。それが現在は、プライバシーと価値のバランスが見直されるようになっています。この変化はビックデータ活用においては大きなポイントになると思っていて、この風潮を広めるためにはまだ解決すべき課題がありそうだと思っています。

2点目はデータ提供体制です。今のところ突然明日からビッグデータを活用してくださいと言われてもできる会社は少ないと思います。我々はデータ処理をほぼ自動化しているため、データ抽出条件等の調整等は必要なものの、今回のコロナ対応にも迅速に対応することができました。普段からの準備がビッグデータ活用には重要だと感じています。

データ活用はますます加速し、多くの人にとって身近な存在になる

シバタ:おっしゃる通り、コロナがあったからこそ変わったこと、できるようになったことも多いのだと思います。齊藤さんはどのように感じますか?

齊藤:加藤さんがおっしゃたように、みんな共通の脅威ができたことによって、データを使おうというマインドセットが生まれたと思います。これまでは「価値が生まれるかどうかわからないのにデータを取られるのは気持ち悪い」というのが人間的な心理でした。しかし今、データ活用の意義はみんなわかってきています。

そうなるとデータによってどう価値を生むのかをデザインすることが大事になってくるのだと思います。そのデザインに納得感があればプライバシーの問題もクリアできるはずです。

また、データ活用に誰しもがチャレンジできる環境作りも加速するのではと考えています。我々は運営するプラットフォームの会員3万人で課題に対してアプローチしました。その結果、専門家でなくても社会を変えられると分かりましたので、それをぜひ多くの人達に分かってもらいたいなと思っています。

さらに、AIがスムーズに学習でき、新しい技術をドライブするためには、データの整備は今後キーになるのではとも思います。

シバタ:今回の社会変化を受け、Agoop社で方針転換などはありましたか?

加藤:データをいかに意味のある形で見せるのかを改めて大事にするようになりました。元となるデータは同じでも可視化の仕方や意味づけの方法を工夫することでその価値が何倍にもなるからです。

「テクノロジーはあるが価値が出せない」というジレンマがなくなる

シバタ:今後も働き方や生活習慣など様々な変化が起こると考えられます。先の見通しが立ちづらいなかではありますが、データやAIの活用は今後どうなっていくとお考えでしょうか?

齊藤:これまでも政府を含め多くの有識者が、サイバーとフィジカルが融合する社会が訪れると言っていました。しかし実感が持てない人も多かったのだと思います。それが、強制的にオンライン上の活動に切り替わったことで、たくさんの人がこれから訪れる新しい社会の片鱗を感じられたのだと思います。

そうなるとAIの利用が加速するのは間違いないと思います。とくにこれから先、人口が減少する日本では効率化のためのテクノロジーは必須です。

個人的には、ようやく我々が実現したいことに取り組める環境が揃ってきたと思っています。これまでの「テクノロジーがあっても価値を出し切れない」という状態が解消されていくのではと思います。

加藤:私も同意見です。歴史を振り返ってもパンデミック後は大きな社会変化が起こっています。ペストが流行した後は中世の終わりと称されるほど社会は大きく変化しました。

コロナで言うと、例えば災害対策のあり方一つとっても、過去の経験や勘を元にしたハザードマップは使えなくなってきています。そんな状況を踏まえ、我々は人流データを活用し異常が検知された場所がリアルタイムで分かるシステム作りに取り組んでいます。このシステムを自治体の方々に使ってもらえば、初動までの時間はぐっと短くなると思います。また、より少ない人数でも災害に対応できるようになるでしょう。データ×AIは意思決定のサポートにおいては確実に必要になってくると確信しています。

シバタ:ありがとうございます。私自身も、解決が難しかった世の中の問題へチャレンジする、という姿勢が強まっていると感じています。そんな環境を活かし、新しい技術の開発に世の中全体で取り組んで行ければいいなと、お2人のお話をうかがいながら感じました。最後にお2人から何か一言あればお願いします。

齊藤:今は社会にどのように価値を出すのかに向き合う時期だと思います。セッションをご覧いただいた、データをお持ちだったり、さまざまなプロジェクトに関わっている方と一緒に、何か新しい価値を生み出していけるとうれしいですね。

加藤:そうですね。データは大切なものですので、お預かりしている以上その価値を何倍にもして返していきたいと思っています。セッションをご覧いただいた方々も人々の変化について気になることがあれば是非一度お話しさせていただき、少しでも貢献できればと思います。

シバタ:改めまして本日はお2人ともありがとうございました。

齊藤加藤:ありがとうございました。

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